〜銀河の森とひだまりの記憶〜

クレイアートの展示情報
なんでもない日々のつれづれを
不定期にお送りします

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宇宙のだいじょうぶ
気持ち良く晴れた日曜日

土と平和の祭典
 に 行ってきた。



そこで いかに おかねをかけずに生きていくか 

といった小さなシンポジウムも開かれていて

わたしたちが いかに お金をはじめとする

社会のシステムに 動かされ 生活しているか ということを 

ここでも 知らされることになる。

ここでも というのは、

ここのところ この システム という言葉に よく行き当たるから。

ずっと読みたかった1Q84を 最近友人から借りて 読んだのだけど

これも 言わば そう システムに関係する話。

思えば

自分が路上で作品を売ることを 長いことやっていたのも

そのときの なりゆき というのもあるけれど

社会に作り上げられた システム に違和感を感じて

生きにくい と思っていたから というのが大きいような気がする。

会社勤めもやってはみたが 常に 違和感を感じて 心がかさかさ 言ってた。

通勤電車では 夢と現実がごっちゃになって めまいをおこすことも 度々だった。


社会に出て仕事をすることが 常識となっているこの世の中で

それができない自分は 駄目な人間なんじゃないかなぁって 凹みそうになる反面

社会の常識ってもんが 苦手で 窮屈で 不快だった

生きにくい自分 というものに 何度もぶつかる度に

はみだして生きてくことを 知った。

自分の居場所みたいなところを さがしていたら

いつのまにか

路上と言う いわば 社会のはしっこ、 世間からは 疎隔された場所に 居座ってた。

路上のはしっこからは 虚像の世界が 観察できる。

よく 路上仲間と そんな話をした。


この祭典のシンポジウムでは

人々が つまるところ システムに動かされ 得られるべき自由な暮らしを制限されている事実について語っていた。

ここでいう自由な暮らしというのは 安全で安心な暮らしのこと。それは衣食住に関わること。
ひいては生きる ということ。 

(例えば 非電化の暮らしは 本来人間が 最も快適で生きやすい暮らしを提供してくれる一つのあり方 cf.非電化工房

そして わたしたちには 選択する と言う自由がある。 このシステム下においても。

シンポジウムの中で、料理家の中島デコさんが言ってた。

わたしたちは 食べ物のオバケだから 選べるのなら、安全で美味しいものを口に入れたい。と。 

お金を使い、簡単なルートで 簡単に入手できる不安全な 波動の低い食材を吸収し続けて 不安定な体になっていくよりも
よりよい食材を選んで、あるいは自ら安全なるものを生産して食し、健やかに生きることを選びたい、と。

ほんとうに そう思う。 ここ最近 特に そう思う。

そのせいなのか 生活が よりシンプルになってきた。
そして
今まで 気になっていたことが 気にならなくなり
ほしいと思っていたものに 全く興味を惹かれなくなったり

ずっと理想ではあったけど まだまだ遠かった( & 依然まだ遠い。。)
自給自足という生き方に向けて 意識がチャンネルを合わせてきたかのように。

自分の住んでいる世田谷区では まだまだ畑を借りられる状態ではないので(かなりの人気で)
本当はよくないんだろうけど
部屋の小窓から見下ろすアパートの裏庭のような小さな敷地スペースを
一月ほど前に、はしごを渡し、地面に下りられるようにして

ぼーぼーの草を全て刈取って、土を耕し、ミニミニ畑にしてしまった。
大家さんには見つかったら事後報告する 予定で。。。   

たくさん取り去っても まだまだ石っころは多いけど、
ほどよく粘土質の土もあり、みみずもいっぱいでてきたので
結構野菜作りにはいいんじゃないかなぁって思う。

埼玉の友人の畑からいただいてきた 西洋わさびの根と、ローズマリーを挿し木したら
それぞれ根付いて 葉もでてきた。



その後植えたブロッコリーも すくすく育ってる。


あたりまえに 感動する。 ありきたりな言葉だけど 土って 地球って すごいなって 思います。


人の心だって 簡単に システム化されてしまうこの時代
安全で安心な暮らしは 自分で守りたいって そう思う。

そして お金のかからない暮らしに つなげていけたら いいな〜。

加えて そのシンポジウムでは 

そういうお金のかからない かつ 豊かなくらしを 実践するために 必要なもの

あるいは それさえあれば 実践できるもの それは何か ということも言ってた。

それは 貧乏な仲間たち とのこと (笑)

その答えに ほっこり うれしくなった午後であった。




このトージバイベントの後

清火くんに教えてもらった 帽子パレードのアフターパーティーを覗いてみた。

そこは 現代のフラワーチルドレン達が色鮮やかに着飾った、
それはそれは色と色の共演が見事なまでに ご〜じゃすで 不思議空間を生み出していたパーチーだった。帽子パレードのパーティだけに
みな 頭をおしゃれして、大きな頭になっていた。
まるで違う星に迷い混んでしまったような、その違和感がまた たのしかった。

20代頭の頃、NY滞在中に アパートの一室で行われたゲイパーティにおよばれしたことがあったのだけど
まさに、そこが再現されたかのような空間で、しばしフラッシュバック状態だった。
その時も、やはり異星に紛れ込んでしまった感があったのね。。
どこの子供が紛れ込んだんだ、といった周りの視線に違和感覚えたというか。。


ここで もんちゃんという これまた色鮮やかに着飾ったファンキーなおじさんが歌っていたのが 

宇宙のだいじょうぶ〜 ♪    (笑)


歌詞はこれだけ   延々と大合唱

ほんとに いろんなことが だいじょうぶに思えてくるから 素敵だね〜 ♪


昼夜と 一貫して 

いろんな意味で ゴー サインをもらったような気分になった。。


教えてくれた 千鶴ちゃん 清火くん ありがとう ☆ 

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Comment








サオリさんの日記を読んで、
最近ずーっと考えていたことを整理できた気がしました!

社会通念にしばられたくないのに、からめとられしまって生きていくことのつらさ、
食べもののことも、からだにとってよくないものを食べるくらいなら、
食べないほうがいいとさえ思っているので、
なぜ食べものにこだわるの、とよく聞かれますが、逆になぜこだわらないのですか、
と問いたくなる。

そんなことを考えるゆとりがないほど、忙しく余裕のない世の中が変わるのはむずかしいけど、
一般社会の常識から離れていることを気にせず、自分のペースを保って、
守って行きたいですね。
from. hummingbird | 2009/10/22 08:17 |
たまえちゃん コメントありがとう。

世の中の価値感は みなそれぞれだから

何がいい悪いって 言えないとは思うし

凝り固まった考えに捕われるのも 偏るのも どうかなって思いもする。

ただ 自分が いい って思うものを 選べる自由があるということに

日々 感謝して 生きていきたいなぁって 思ってます ☆


たまえちゃんも 自分のやっていることに 自信もって

これまで通り 周りのみんなに しあわせの形 わけあたえ続けてほしいよ〜。

どんな時も 応援しています ♪


そして いつも ありがとう ☆
from. emcopain | 2009/10/23 01:47 |
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